まちにひっそりとたたずむ、断熱不動産をレポートする「発掘!断熱不動産」。第一回目は、大規模な外断熱改修を日本で初めて実施した「大通ハイム」(1974年竣工 札幌市中央区をレポートします。
大通ハイムが外断熱改修を実施したのは、2004年。マンションが30年を迎えるころでした。老朽化や寒さに耐えかねてマンションを出ていく人も出始めて、空室がちらほらでてきていたそうです。
そこで築30年をめどに予定されていたマンションの大規模修繕に、外断熱改修を追加しようと提案したのが、事業用にマンション内の一戸を所有していた佐藤潤平さん。
実は佐藤さん、1980年代から、北海道内の公営住宅の外断熱化に取り組んできた、外断熱の第一人者。プロ中のプロの建築設計者だったのです。
今回は、大通ハイムにある佐藤潤平さんの事務所に伺って、外断熱改修とその後のお話をお聞きしてきました。
(株)アイテック 佐藤潤平さん。「ここは日本一暖かいマンション。」
佐藤さんが提案した外断熱改修のメリットは大きく3つ。
「寒さの解消」「高熱費の低減」、そして最も強調したのは、今後の「修繕にかかる住民の労力とコストの低減」でした。
分譲マンションは、「国土交通省の長期修繕計画作成ガイドライン」コメント記入例に、12年に一度、大規模な修繕工事を実施する記載があり、それが標準化しています。そして、この大規模修繕をはじめとするマンション運営を行っていくのは、プロの業者さんではありません。マンションのオーナーでもある住人たちが、管理組合を組織し、住民の合意を得ながら行わなければならないのです。
修繕工事で特に大変なのは、外壁です。マンション全体が足場とネットに覆われ、長々と外壁修繕工事をやっている光景は、街でよく見かけますね。
外壁は、雨風、紫外線にさらされ続ける場所。マンションの中で最も劣化が激しい場所です。ですが、改修しないまま放置して、外装のタイルが落ちて歩行者にけがをさせては大変。工事は足場をかけ、タイルの一枚一枚を叩きながら剥離がないか確認する地道な作業が続きます。もちろんお値段もなかなかのもの。さらに職人不足、人件費の高騰で、工事費は年々高くなっています。
佐藤さんが提案した外断熱改修プランは、既存のマンションの外壁の外に断熱材を貼り、その上を30年以上の耐久性を持つ軽い外装材で覆ってしまうことでした。こうすることにより、断熱性能が上がって寒さの解消、光熱費の削減が達成されるだけでなく、外壁のコンクリートを水や紫外線から保護して耐久性を高め、12年に一度の外壁の改修を、30年先にまで先送りすることが可能になるよう計画したのです。
もちろん、設備などの改修は30年までは先送りにできませんが、建物をすっぽりと足場で覆う大変な工事がなくなるだけで、改修コストはぐっとさがります。
なにより、住民の合意形成や資金繰りなど、住民の負担を伴う大規模改修の労力から25~30年間解放されるというメリットが大きい、と佐藤さんは語ります。
外断熱改修を実施するにあたり必要な追加費用は、管理組合名義で起債をしたそうです。返済は、月々の修繕積立金の中から行い、積立金の金額も据え置きのまま、5年で返済を完了したそうです。
※大通ハイムでは佐藤さんがオーナーの一人として設計を担ったり、工事費が現在ほど高騰する前であったことから、短期間での返済が可能であったとこのこと。改修費用は、マンションの状況によって大きく左右するそうです。
外断熱改修をして、どう変わった?変わらなかった?
引き続き、気になる外断熱改修のその後の話を。
変わった!快適さ
改修前は寒さに耐えかねて退出する人もいた大通ハイム。その改善効果は、工事中から感じられるほどだったそう。外断熱改修に懐疑的だった住民も、改修の効果を体感することで、工事中からピタリと文句を言わなくなったとか。
そして、外断熱の効果は、夏にも。外断熱が暑さを遮り、夏の室内は、25度で一定でとても快適だとか。もちろん、エアコンはついていません。
40年以上変わらない?! 集中暖房の料金
取材時は、ちょうど暖房ボイラーの入れ替え工事中でした。
個別に暖房を行う最近の分譲マンションとは違い、大通ハイムは、一つのボイラーで温水を作り、それを全室に届けて暖房する、集中暖房を行っています。ということは、24時間、室内が快適な温度に保たれるよう暖房がされるということ。帰宅時や朝の寒さとも無縁なわけです。これだけでうらやましい話です。
そして、暖房費は占有面積に合わせて固定定額制となっています。なんと、この金額が、佐藤さんが越してきて23年、据え置きなのだそう。
「たぶん新築時から変わってないんじゃないかなあ」と佐藤さん。44年間値段がかわってないって、卵の値段みたいですね~。
大通ハイムが外断熱改修をした2004年は、2009年のリーマンショック前の好景気時期にあたります。その頃から原油価格が高騰し、北海道でも安い灯油を大量に使って暖房するライフスタイルが難しくなり始めたころ。その後、北海道では安い深夜電力を使った蓄熱暖房が大人気となりますが、ご存じのように、2011年の原発事故以降、深夜電力料金も大幅に値上げをされてしまいました。
大通ハイムでは、ちょうどエネルギー価格高騰の波が来る直前に外断熱改修を行ったことになります。そのため、暖房エネルギー使用量の削減で、エネルギー価格の高騰を相殺することができました。結果、何十年も暖房料金を据え置きのまま、運用が可能になっているのだそうです。すごい。
変わらない!きれいさ
管理が行き届いた共用部。褐色の型ガラスがレトロでかわいい。
大通ハイムの印象はまさに、管理の行き届いたビンテージマンション。素敵な家具の置かれた共用部は掃除が行き届き、管理人さんが育てる観葉植物がずらり。
味のある古い型ガラスはきれいに保存される一方、集合ポストは、機能性の高いタイプに更新されています。外壁も、改修から14年たつとは思えないほどきれいです。「金属の外装材や樹脂の塗材は、30年といわず、50年は持つのでは」と佐藤さんはいいます。
外断熱の上を耐久性の高い外装材で覆った現在の外観。汚れも目立っていない。
自己消火性のある断熱材を使用し、火災延焼に配慮した設計。
外断熱改修を行うことによって大規模改修の期間が延び、管理費や修繕積立金の管理運営はとても順調なのだそう。お金の余裕が、行き届いた管理からもうかがえました。
空室なしの売れっ子マンションに
住居タイプと土足で利用できるSOHOタイプ、2種類の住戸を備えたモダンな設計。
入居の半数は事業利用者だそう。
改修前は、空室が目立ちはじめていた大通ハイムですが、外断熱改修以降は、売りにでた瞬間に売れる、超売れっ子マンションになりました。しかも、買い手はほとんどが、口コミで住み心地の良さを聞いた住民の知り合いなのだそう。
空室がないということは、管理費徴収や修繕積立計画の安定にも寄与します。今後、老朽化したマンションの空室、管理、資金不足による、スラム化が大きな社会問題になってくると言われています。不動産が売るに売れず、固定資産税や管理費が積みあがってしまう、「負動産」(所有者の資産ではなく、負債となってしまった不動産のこと)という言葉も知られてきました。
対して、大通ハイムは、住んでよし、売ってよしの勝動産といえるかもしれません。
まとめ 「 外断熱」それは世界の常識、日本の非常識
多くのマンションの外断熱改修をコンサルディングしてきた佐藤さんによると、他のマンションでも外断熱改修中から「あそこ、いいらしいよ」という口コミで満室になってしまうマンションは少なくないそうです。
欧米だけではなく、中国や韓国といったアジアの国でさえも当たり前となっているマンションの外断熱ですが、日本では、分譲時の販売価格を抑えるため、外断熱が採用される新築分譲マンションはほとんどありません。
そんな残念な状況ですが、日本のマンションにおいても、大規模修繕計画を組みなおすことで外断熱改修を実施し、寒さ暑さの解消や、マンションの管理負担軽減、資産価値向上といった様々なメリットを得ることが可能であることがわかりました。
しかし、大規模修繕計画の組み直しは資金、労力ともに簡単なものではありません。佐藤さんのような専門家のサポートはもちろん、実現に必要なのは、「マンションオーナーたちの自治力、マンション運営力。特にキーマンとなるリーダーシップを持つ住民。」と、佐藤さんは言います。
「発掘!断熱不動産」では引き続き、断熱改修によって、快適な断熱不動産を手に入れた行動力あるマンションオーナーをレポートしていきたいと思います。もちろん、戸建ての断熱不動産案件も発掘中です。ぜひ、次回もご期待ください。
(取材・文章 丸田絢子)
Comments