岩手県紫波町に、超高断熱高気密の新築賃貸アパートが建って、この猛暑の中でも、エアコン無しですこぶる快適らしい。
今年の初夏、そんな情報がSNS経由で飛び込んできました。賃貸物件を所有しているのは、CRA合同会社。紫波町の中心部において実施された、日本初の公民連携事業「オガールプロジェクト」の中心人物、岡崎正信さんが代表を務める企業です。
岡崎さんは、紫波町の第三セクター「オガール紫波株式会社」で、民間テナントと町立図書館、産直が入居する複合施設「オガールプラザ」「オガールセンター」の開発・運営を主導したり、株式会社オガールの代表として、バレーボール専用体育館(これも日本唯一)が併設された、ビジネス・合宿需要向けホテル「オガールベース」を運営したりと、紫波町内に本社を置く複数の会社役員として活躍しています。
そんな超多忙な岡崎さんを、我々、断熱不動産チーム、なんとか捕まえて取材させていただけることになりました。
2018年8月22日の午前10時、外気は、すでに29.3℃。賃貸アパート「オガールネスト」の中に入ると、ひんやりとした空気が体を包みました。室内に設置された温度計は24.5℃を示していました。エアコンは作動しておらず、熱交換換気扇の音だけが微かに響いています。
一体、CRA合同会社が超高断熱賃貸住宅を建てた理由はどんなところにあるのでしょうか。
市場にない「欲しい賃貸」
オガールネストが位置する岩手県紫波郡紫波町は、県庁所在地の盛岡市から電車で約21分、人口3万3千人の町です。豊かな田園地帯の中に住宅地が点在し、盛岡市のベッドタウンともなっています。
ライフフルホームズが提供する岩手県賃貸経営情報サイトによれば、岩手県紫波郡の賃貸用住宅数は、約2530件。うち、570件は空き家です。空き家率は22.5%。
我々が住む札幌、その他多くの地方都市同様、20%を超える高い空き家率になっています。さらに、近年の加熱する不動産投資の影響下、紫波町においても、サブリース風の築浅アパートが多く見受けられます。
しかし、多くの賃貸用住宅が供給されているにもかかわらず、岡崎さんの口から発せられたのは、
「自分住みたいと思う賃貸住宅がない」「町の未来を作る賃貸がない」
という言葉でした。
未来の住民像から逆算されたデザイン
オガールネストは、JR紫波中央駅から徒歩7分に位置した新築の木造2階建アパートです。紫波中央駅前には、先にも触れた、町役場、町営図書館、産直、商業テナント、ホテルなどが集積するオガールエリアが広がっています。
オガールネストの総戸数は五戸で、間取りは、33m2の1DKと50m2の1LDKの二種類。
特筆すべき特徴は、以下の4点です。
専用のキッチン、バス、トイレが完備された専用住戸の他に、共用の66m2の独立したシェアスペースを持つ。(マンションに付属するゲストルームに近い共用部)シェアスペースには、共用のキッチン、冷凍庫、洗濯機が備え付けられている。
新築でありながら、モルタル床、木毛セメント板現しの壁など、リノベーション物件のような、ラフさと個性を持った内装デザインを取り入れている
2020年に全建築物に義務化される次世代省エネ基準よりもさらに50%~60%、平米あたりの熱損失量(外壁・窓・天井・床、換気などから建物の外に逃げる熱エネルギー)を抑えた、超高断熱高気密住宅である。 ※Ⅱ地域において、Q値0.84~0.5w/m2k(各住戸ごとの計算)C値0.4cm/m2
家賃は周辺相場よりも2万円ほど高い。(ただし、駐車場は2台まで無料。以降3000円/台)
(上)居住中の住戸で、バレーボール話が止まらない岡崎さんと森准教授。
趣味の道具の数々が、ざっくりしたインテリアに映える。
この仕様や家賃、そして訪問させてもらった住戸の暮らしぶりを見てみると、先の岡崎さんの言葉、「町の未来をつくる賃貸」の住民像が浮かび上がってきました。
シェアスペース↓
住民間で、住まい、地域の情報を共有し、賢く楽しく暮している。
住民、地域との関わりから、仕事や活動の幅を広げていく。
インテリアデザイン↓
ラフなインテリアを、新しく柔軟なセンスですみこなす人。
高断熱高気密↓
健康、省エネルギー、環境問題、住居の快適性に関心が高い。
家賃設定↓
コミニケーション、デザイン、健康に関心が高く、その付加価値に対価を支払う人。周辺家賃との差は、省エネ性能による光熱費削減や健康増進、医療費減少でペイできると理解できる人。
オガールネストはライフスタイルとビジネス支援住宅?
(上)JR紫波中央駅駅前にあるオガールプラザ(2017年10月撮影)
図書館、情報交流館といった公共施設から、
産直、レストラン、学習塾、眼科など民間テナントが多数入居。
岡崎さんがテナントリーシングを手がけるオガールプラザやオガールセンターには、高付加価値を売りにするベーカリー、カフェ、レストラン、アウトドアショップなどが入居しています。オガールプラザに入所する産直「紫波マルシェ」には、産直野菜のほか、こだわりの加工食品や、品質の高い肉店や魚店も入居し、スーパーとして日常使いも可能です。
健康、食、レジャーに関心が高く、付加価値の高い商品やサービスを購入する消費者が増えること、さらには、紫波町での暮らしの中でチャンスを掴み、自らスモールビジネスをはじめる起業家が増えることは、岡崎さんの手がける地域ビジネスに好影響をもたらします。
オガールネストは「町のステークホルダー(利害関係者)」である企業が手がけた、紫波町の移住促進住宅、そして、ライフスタイルとビジネス支援住宅ともいえるのかもしれません。
地元大家、地元商店、高断熱、地元工務店。
どれもお金を地域から逃さない。
町のステークホルダーである企業が高断熱高気密の賃貸住宅を保有する意味を、もう少し考えてみます。
賃貸住宅を地元の大家さんが持っているかどうか。これによって、地域のマクロなお金の流れは大きく異なります。
地域外の大家さんが持つ賃貸住宅では、賃料は地域の外に流れ出ていきます。家賃は、家計支出の中でも、非常に大きな割合を占める支出です。毎月、大きなお金が地域外に流れ続けていくのです。
一方、地元の大家さんであれば、家賃は住民から大家さんへ、地域の中にとどまります。大家さんの所得税も地元で課税されますし、大家さんが地元でお金を使うことで、お金は地域でさらに回転し、経済を潤します。
同じく、高断熱も、地域から流れ出るお金を減らす効果があります。暖房費や冷房費にかかるエネルギーの多くは、海外から輸入されています。使用エネルギーを減らすことは、海外へ払うエネルギー支出を減らし、その分、地域で使えるお金を増やしてくれるのです。
断熱は、光熱費削減によって元が取れる投資です。さらに、しっかりと施工された断熱材は、ほとんど劣化しませんので、初期投資を回収した後も長期間に渡り光熱費削減効果は続きます。さらにさらに快適性や健康の増進、医療費削減というプラスαをもたらします。
断熱工事を請け負うのが地元企業であれば、初期投資すら地域から漏れずに循環していることになります。
岡崎さんが東京から紫波町にUターンしたきっかけは、家業の建設会社を支えるためでした。家業に加えて、自ら地域や人に投資する事業を始めたのは、人と地域が豊かにならなければ、家業である建設業も成り立たない、という危機感からだったそうです。オガールネストの建設も、実家の建設会社が直轄で工事しています。
低成長時代の生き残り策とは。
社会基盤が成熟し、低成長期に突入した先進国の地域経営において、低い成長率を漏らさず地域の豊かさにつなげるためにはどうしたらよいか。その鍵をにぎるのは、「地域外に流出する支出を絞る」、「地域外のお金を稼ぐ」、「地域内でお金を循環させる」、「地域内にお金を再投資する」の4つであるといわれています。
岡崎さんが関わる地域ビジネスを俯瞰してみると、この4つの要素について強く意識されられます。
断熱は、地域外に流出する支出を絞ります。
ホテルは地域外からお金を稼ぐ役割を果たしています。
建設会社、商業施設は、地域外から得た地域のお金を逃さずに地域内で消費、循環させます。
そして、今回、賃貸住宅建設への投資によって、家計支出の大きな比率を占める家賃を地域内に留める事業がスタートしたのです。
高断熱高気密賃貸住宅は、「豊かな未来をつくる」という大きなビジョンの1ピースであるということを感じた今回の取材。
そして、我々のテーマである「断熱不動産」が地域を豊かに持続させるために、大変重要な役割を果たせることを、改めて再確認したのでした。
次回は、気になるお金の話!
次回は、高断熱高気密賃貸住宅で、事業性をどのように確保したのかに迫ります。
さらに、オガールネストで生まれつつある「住みこなし」のシェアについても、レポートする予定です。
お楽しみに。
(取材/丸田絢子、森太郎 文/丸田絢子)
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